なぜ休職すると自分を責めてしまうのか?
その罪悪感、実は「誰か」が勝手に決めた正解のせいです
休職に入ったばかりの時、一番つらいのは「焦り」や「罪悪感」ですよね。
「みんなは働いているのに自分だけ……」「社会から取り残されてしまう」と、
夜も眠れないほど自分を責めてしまうこともあるかもしれません。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみてほしいんです。
その「休まずに、絶えず働かなければならない」という正解は、
一体誰が決めたものでしょうか?
大前提として、社会や組織(雇う側)は、労働者にはずっと働いていて欲しい。
だから、物心ついたらすぐ「それが当たり前」であるような価値観を植え付けてきます。
学校でも、会社でも、
休んでる人間は「ちょっと本人に問題がある」かのようなイメージを抱かれがちです。
それ自体に何の疑問も持たずに、ただ社会のルールに従っているだけの「大勢の凡人たち」が作り上げた、
雇用主に都合の良い規格にすぎません。
一度降りたら座れない椅子が招く「負」のスパイラル
日本社会の「脱落したら終わり」という恐怖の正体
そもそも日本社会は、多くの人から、「一度脱落したら終わり」のように見えています。
だからみんな自分の椅子がグラつかないように、
危機と感じた人に意地悪をして追い出す、
逆に意地悪をされて追い出される、
それは休職や退職に繋がるきっかけになってしまっています。
あなたがここまで追い詰められた原因には、
身勝手な人たちの身勝手なふるまいや決定によるものでしょう。
働いていると心身の余裕を失い、視野が狭くなる
仕事「しか」できない生活が、思考を停止させる
働いてると、できることが限られます。
まず、毎日の通勤があって、出勤すれば10時間近くは拘束もされますよね。
その中で働きながら、頭を使って仕事をこなすだけではなく、
上司やお客さんなど、他者の言動を気にしながら、
場合によっては嫌がらせを受けながら、
それだけで心身をまず消費します。
当然、世の中のことや人間について考えることなんてできないですよね。

私は「帰ったらごはん、何食べよう?」ぐらいしか考えられませんでした。
そうして、労働と社内政治(生き残りや自分の安全を賭けた闘い)に疲弊しながら、
それを上手くやりこなしてこそ社会人だと自分に言い聞かせます。
その「他の発想に目を向ける余裕が無い」という状態が長引けば長引くほど、
社内の椅子だけは守れても、苦しい人生が続きます。
会社はいざというときに助けてはくれない。
では、あなたが無理をして限界まで頑張ったとして、
それで一番得するのはだれでしょう?
A.会社です。
今みたいな人手不足の時代、欠けずに働いてくれたほうがいいに決まってます。
だから上司はあなたの相談に乗ってくれません。
波風を立てないのが上司の一番の仕事ですから。
上司とて会社で椅子を守ってるただのサラリーマンです。
空気を読むことでそこにいて、
今手一杯の仕事を抱え、
あなたを守る力や余裕なんか無い人たちです。
そう思ったら、あなたが休職に至ったのも当然です。
私も2度の適応障害による休職を経験していますが、
守ってくれた上司などいませんでした。
今思えば、「守って欲しい」と期待すること自体が無駄でした。
「時間とお金は多少ある」と思って安心していい
傷病手当、失業手当の助けを借りる
ただ、休職や退職をしたとき、
上司や会社は頼れなくても
日本では「手当」が守ってくれます。
傷病手当と失業手当ですね。
実際、一定期間のあいだとはいえ、すごく助かります。
ザックリですが私の場合、
傷病手当も失業手当も、ほんとにザックリですが、給料の6~7割もらえます。
私は休職も退職も、この手当をもらいながら立ち直って来たので
みなさんにも気兼ねなくお休みすることを推奨します。
退職・休職中は「社会復帰のゴール」をゆるやかに設定する
焦るためではなく、自分を見失わないための指標
ひとつだけ大切なのは、ゴールの設定です。
はじめの1ヶ月はとにかく疲れ切った心身の回復が最優先。
そのあと、うっすら目標を決めます。
私はまず主治医に聞きました。



だいたいみんなどのくらいで社会復帰するんですか?



まあ、早ければ3ヶ月、多いのは半年。まぁ1年以上かかる人も普通にいるかなァ。
それは焦るために聞くのではなく、そこで自分の指標をなんとなく決めます。
なるほど、早ければ3ヶ月。
でも、半年かかることも別におかしくはないんだ。
1年以上かかる人もいるんだ。
と、ただ素直に聞き、自分の症状に合わせて常にゴールは設定していました。
ゴールを設定するには理由があって、
それをしないと、いつまでも毎日の薬や症状に過敏になり過ぎて、
いつまでも「自分が可哀そう、悲しい」という感情に浸ってしまい、
どんどん社会と距離を置いて怖くなってしまうこともできてしまうからです。



他人も下手に踏み込んでこないから、自分次第ではどんどん勝手に塞ぎ込んで社会と距離を置くことができてしまうのが厄介です・・・・
だから数か月を「自分の心身の回復に使う」と決めた上で、前は見ながら歩く。
ちゃんと心身を立て直すために、
まず『仕事』という一番の弊害が無くなったことは本当に喜んで良いと思います!
無職期間=自分の「再教育」の時間と割り切る
休んでいる期間こそ、視野を広げ成長できるチャンス
今まで人間関係が原因で耐えられなくなる、といったことが、
この8年間だけで、私には3度ありました。
多いほうかもしれませんね。
1年近くは我慢しますが、心身の無理は私には1年足らずで限界が来ます。
一度目は3ヶ月休職ののち転職、
二度目は9ヶ月かかり休職ののち異動、
三度目は逃げるように退職、
三度目はもう休職では無く退職で今(3ヶ月目)に至ります。
こう見ると、普通の労働者より定期的に長い休みを取ってるなぁと自分でも思いますが、
結果的にはそれが自分が大きく成長する機会となっており、
むしろ今の私になるまでにそれは必要だったし、良い経験をしていると思っています。
休職・退職、それぞれ働いてない期間、私が「やって良かったこと」
長い休みを取って一番必要だと思ったのは、
嫌なことが起きてしまったからこそ、とことん考えるんです。
- どうして自分は今この状態なのか
- 自分を取り巻いてた環境(人)にはどのような構造(心理)があったのか
- 自分のどこが正しくて、どこが間違っていたか
- これからもこの環境に居たいか、居たくないか。
- 総合的に見た上で、今後どうするか
これを「自分可哀想」じゃなくて、あくまでも社会復帰のために分析します。
困難に対してこれだけ考えると、おのずと
物事を多角的に捉えてしっかり考えてベストを探す、という力がつきます。
「辞めない」ことだけを考えて毎日会社の椅子にしがみついてるだけの人たちには、
これほどまでに自分の頭で深く考えることは無いでしょう。
これがまた休職や無職を重ねるたびに、願わなくとも上手くなってしまうのです。
それは仕事にも人生にも必要なことで、
今となればこの習性が身についたことをとても嬉しく、心強く思います。
そのほか、
毎日休みなのを活かして
映画やドラマをたくさん観たり、本を読んだり、美術作品を観たり音楽に触れる、
幸い今はサブスクでそういったことが無限にできますよね。
独りで旅行をするという体験も価値観がガラッと変わります。
(ちなみに私は一人台湾旅行から帰って、やりたいことができて、そのために哲学や語学の勉強もはじめました。)
さいごに
結局、無職の期間をどう考えるかは自分次第ですが、
今までの経験を通じて私は、
必ずしも毎日、あらゆる苦痛に耐えながら
無理して働くことを繰り返さなくても良いのでは、と思います。
現実的な生活の不安はありますが、
あのてこのて考えていけば、
収入源を複数持つ方法も現代たくさん調べられます(できるかできないかはまた考えるとして。)
どうか、みなさんも、働いてない時間を有効に使って
自分が本当にどうしたいのかということを探し、
その道筋をたてていき、
自分が納得できる人生を構築する時間にしてほしいと思います。









